「私たちの望むものは」の後、最近の岡林信康が復活した

ビクターレコードから
岡林信康
「私たちの望むものは」
が発売された。

作詞・作曲:岡林信康


こんにちは
健康オタクの あんこう です。

今回は
岡林信康
「私たちの望むものは」
です。

昭和45年(1970)

岡林信康がどう復活したんでしょうか?

「私たちの望むものは」が封印。がっかり岡林信康を観た

社会人になってから何年経っただろうか。

私の住んでいる街の
近くにある地方の町で
岡林信康のコンサートが開かれる
という情報があったので行ってみた。

その町は自衛隊の駐屯地がある
自衛隊城下町だった。

「反戦・反体制フォークの岡林が?」
「この街で?」
と思いながら会場に入っていった。

開演になって
舞台の袖から現れてきたのは
雑誌でよく見ていた岡林信康だった。

髪は切り、髭はきれいに剃っていたが
やはり岡林信康である。

私にとっては、初 岡林である。

学生時代に
雑誌やラジオで得た岡林信康像は

トークが上手で

鋭い切り口で
観客を包み込むのがうまいという
そんなイメージを持っていた。

出てきたのは岡林信康ひとりだけ。

何か手に持って出て来たが
それはラジカセだった。

テープに演奏を録音してきたので、
それをバックに歌うと説明して
歌い始めた。

今でいう
『カラオケ』をテープに録音し
それをラジカセで流し歌ったのだった。

歌った曲は演歌っぽい曲だった。

始終にこやかな笑顔で語っていたが
『フォークの神様』
『教祖』
というイメージはまったくなかった。

そして
高校時代にラジオで聞いた
『昔の歌』はもちろん
「私たちの望むものは」も歌わなかった。

ちょうど『昔の歌』を封印して
演歌からエンヤトットへと
模索していた時期だったのだろうか。

この時の感想は
がっかり

その一言だった。

しかし最近、
Youtubeですごい動画を見つけた。

すごいです。

岡林信康は。

最後までお付き合いください。

復活した岡林信康を観た

最近Youtubeを見ていて凄い動画を発見した。

岡林信康の
60歳のときのコンサートだが
自信に満ちあふれた岡林信康を観た。

頭と後ろに
和楽器中心の日本民謡ロック
 エンヤトットの曲、

あいだに
岡林信康のギター・ブルースハープと
平野氏のバックギター
吉田氏のパーカッションで

「私たちの望むものは」はなかったが
封印していた曲や演歌などを演奏していた。

トークも自分から
『神様、岡林信康』の言葉が出てきて
昔のことはもうフッキッたんだなと感じた。

とても還暦を迎えたとは思えない
パワフルで自信に満ちあふれた演奏です。

岡林信康ファンのかた
いや
「昔、岡林という
 フォーク歌手がいたなぁ」
というかたも
ぜひ、この動画を見ていただきたい。

エンヤトットは
私たち高年齢者にとって
心地よいリズムと音色を聴かせてくれる。

いや
若い人にも心地よさを
感じさせてくれると思います。

そのYoutube動画は
岡林信康 36年後の日比谷野音
です。

エピローグ

「私たちの望むものは」
を書くつもりが
この内容になりました。

「私たちの望むものは」は
またの機会に書こうと思っています。

また、お会いしましょう。

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