こんにちは
健康オタクの あんこう です。
今回は、
ザ・ブロードサイド・フォーの
「若者たち」
です。
昭和41年(1966)
まだガキだったけど
なつかしいですね。
ブロードサイド・フォー「若者たち」とカレッジ・フォーク
1966年のフォークは
カレッジ・フォークの時代で
まだ
アメリカンフォークのコピーをしていた。
ザ・ブロードサイド・フォーも
何曲かは自作曲を持っていたが同様だった。
卒業解散のとき
記念アルバムを作ることになり
曲の選定を始めたときだった。
テレビドラマ「若者たち」の
主題歌を作らないかという話しがあり
出来上がった歌をレコード会社の
スカウトマンに聞かせると
アルバムに入れるだけでなく
シングルレコードでも出そうということになった。
こうして
ブロードサイド・フォー「若者たち」
が産声を上げるのである。
これがヒットとなり
マイク真木とともに和製フォークの走りとなった。
♪
君の行く道は はてしなく遠い
だのに なぜ
歯をくいしばり
君は行くのか そんなにしてまで
♪作詞:藤田敏雄・作曲:佐藤勝
今、聞くと
ちょっと重っくるしく感じるが
当時はそんな感じはしなかったなぁ。
高度成長期のまっただ中だが
その恩恵は庶民にまでは行きわたっていなかったのか。
テレビドラマ「若者たち」の思い出
本当に懐かしい歌です。
晩飯を食べたあと
家族そろって「若者たち」のドラマを見たよなぁ。
当時はまだモノクロテレビ。
両親が死んだ後
5人兄弟が喧嘩をしながらも
力強く生きていく
そんなドラマだった。
毎回、
喧嘩の場面があったような気がする。
おお兄ちゃんが
自分の青春を犠牲にしてでも、
弟たちの面倒を見ていく。
そんな場面で、
必ず兄弟間で意見の衝突があって
喧嘩が始まる。
ちゃぶ台をひっくり返したり
取っ組み合いの喧嘩になったり
力いっぱいやりあっていた。
田中邦衛と山本圭が
いつも言い合いをしていた記憶があります。
喧嘩をする兄弟ほど意思疎通が図れ
仲良くなれる。
そんな言葉を聞いたことがあるが
今じゃこんな兄弟ないですよね。
山本圭が理論派で好きだったな。
田中邦衛もこういう役をやると
ピカイチですね。
エピローグ
そういえば
『北の国から』に
田中邦衛と石田あゆみが
夫婦役で出演したのには
びっくりした。
「若者たち」で見た田中邦衛のイメージがあって・・
ちょっと唇を突き出してしゃべる顔
その顔が変わっていない・・
そして石田あゆみと夫婦役。
それでも毎回見ていると
それが気にならなくなっていったんですね。
慣れていくもんなんでしょうか
倉本聰マジックとでもいうんでしょうか。
不思議ですね。
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