マイペース「東京」の不思議な魅力

1974年、ビクターから
シングルレコード
マイペース
「東京」が発売された。

作詞・作曲:森田貢


こんにちは
健康オタクの あんこう です。

今回は
マイペースの
ヒット曲「東京」です。

(昭和49年(1974)発売)

マイペース「東京」の不思議な魅力を解き明かしていきます。

あこがれの都 東京の70年代

当時、地方に住んでいる
私たち田舎者にとって

東京は憧れの街だった。

経済の高度成長により
東京は工場群が林立し、
人口はどんどん増えていっていた。

東京に行けば何かがある。

地方にはない何かがある。

そんな漠然としたあこがれがあった。

しかし東京は
工場や火力発電所から出るガスや
自動車からの排出ガスなどによる
光化学スモッグが発生し

連日、ニュースで光化学スモッグ警報が報道されていた。

それでも
実際住んでいない若者にとって東京は
やはり憧れの街だった。

東京はどんどん膨れ上がっていった。

マイペース「東京」はなぜ売れた?

そんなとき、聞こえてきたのが
マイペースの「東京」だった。

「東京」という歌は知っているけど

「歌っているグループの名は?」
と聞かれたら

「あれっ、なんていったっけ。」
と答えてしまうほど顔を知らない。

それでも100万枚を売上げた名曲。

「東京」は
今でいう遠距離恋愛の詞だ。

いつか二人一緒に暮らす日を夢見て
軽やかに歌いあげている。


東京へはもう何度も 行きましたね
君の住む美し都
東京へはもう何度も 行きましたね
君が咲く花の都

作詞・作曲:森田貢

逆説歌なんだろうか。


これで公害の東京など吹っ飛んで
美しい都になってしまう。

住んでいる者にとっては
住みにくい街でも
田舎者には憧れの街になる。

若者は花の東京へと目指した。

東京はますます膨れ上がっていった。

そして
マイペースの「東京」はヒットしてしまった。

学祭の打ち上げはマイペースの「東京」で

4年生のとき
20人くらい集まって
知り合いのパブで、
大学祭の打ち上げがあった。

乾杯のあと酔いも進んで
カラオケの登場となった。

何曲か歌ったあと
かかったのが「東京」だった。


最終電車で ・・

と一人が歌い出す。

みんなで手拍子が始まる。

楽しそうに手拍子を。

そして


東京へは

からみんなで大合唱。

もう、みんな止まらない。

最後まで全員で大合唱。

自然にみんなが歌い出す。

個性集団の打ち上げで・・

みんなが魅了されていた。

いやいや、たいした曲だった。


不思議な曲。

そんな思い出があります。

エピローグ

翌々年、
ほとんどの者が就職して社会人になった。

打ち上げ時の20人のうち
何人が東京へ行ったと思いますか?


2人でした。

たったの。

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