ピンク・レディー「ペッパー警部」 色っぽい・・

1976年、ビクターから
シングルレコード
ピンク・レディー
「ペッパー警部」が発売された。

作詞:阿久悠・作曲:都倉俊一
振付:土居甫


こんにちは
健康オタクの あんこう です。

今回は、
ピンク・レディーの
ヒット曲「ペッパー警部」です。

(昭和51年(1976)発売)

キャンディーズつながりで書いてます。

キャンディーズとピンク・レディーは
どちらが色っぽいでしょう。

ピンク・レディーは男たちのもの?

営業の車の中で聞いた
ピンク・レディーの「ペッパー警部」

毎日ラジオから流れるこの歌
「男女の色恋に、なんでペッパー警部が出てくるんじゃい」

と思ってしまう不可思議な感覚。

そしてピンク・レディーという奇抜なグループ名。


ペッパー警部、ペッパー警部

と軽快に連呼する歌詞で
完全にとりこになってしまった。

「こりゃあ、おもしろい曲だ」

テレビを見ると
まだ二十歳前の娘が
ミニスカートをはいて

両足の股を開いて踊っているではないか。

ミーとケイの二人組
スタイル抜群だから男にはタマラン。

と思っていたら
ピンク・レディーは男たちだけのものでなかった。

子供たちが
大股開きの振付をしっかり覚えて
テレビの前で踊っているではないか。

「なんということでしょう」

瞬く間に
国民のアイドルになってしまった。

お色気とかセクシーとかの言葉を
飛び越えてしまっていた。

そういえば

私の娘も
テレビでピンク・レディー
の曲が入ると一緒に踊っていた。

ヒットした当時はまだ生まれていなかったのに。

それほどインパクトのある歌だった。

ピンク・レディーとキャンディーズのお色気勝負は?

当時、
女性の歌謡曲グループではキャンディーズが人気。

そこにピンク・レディーが誕生して
女性アイドルグループの時代となった。

お色気かつ大衆うけ路線の
ピンク・レディーに対して

キャンディーズも
ミニスカートで振付を入れて踊る
「優しい悪魔」で対抗した。

お色気合戦だ。

二十歳前の若さ対お姉さんのおとなしい色気。

色気対決では年上のキャンディーズのほうだった。

正直、
私は当時ピンク・レディーに色気を感じなかった。

さて色気勝負は?

ピンク・レディーは
デビュー後4年で解散したが

その間に

S・O・S
カルメン’77
渚のシンドバッド
ウォンテッド
UFO
サウスポー
透明人間

と立て続けにヒットを飛ばした。

その後、何回か再結成をして
お茶の間を楽しませてくれた。

私の娘はこのとき振付を覚えたのだろう。

私が再びテレビで
ピンク・レディーを見たのが
二人とも60歳になろうとしているときだった。

ミーちゃん、ケイちゃん
もういい加減いい齢なのに

おん齢60に見えない
鍛え上げた身体で
キレッキレのダンスを披露してくれた。

素晴らしいショーを見せてもらった。

私はこのとき、
脱脂肪を決意したのだった。

そのあとも時々、
ケイちゃんはバラエティにも出演していた。

このとき
私は初めてケイちゃんに色気を感じた。

大人の色気を通り越して初老の色気を。

エピローグ

ネットで
ピンク・レディーのことを探していたら
いいものを見つけました。

それがなんと
ケイちゃんの若かりし頃のヌード写真。

ほっそりとした胸に
小振りでとんがったオ○○イ。

「ケイちゃん、こんなところで
 ヌードになっちゃって」

これだけでもうお色気勝負は
ピンク・レディーの勝ちです。

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