梓みちよ「メランコリー」 吉田拓郎作 昭和の歌謡曲

1976年キングレコードから
梓みちよのシングル
「メランコリー」が発売された。

作詞:喜多條忠
作曲:吉田拓郎


こんにちは
健康オタクの あんこう です。

今回は、
梓みちよのシングル「メランコリー」です。

(昭和51年(1976)発売)

吉田拓郎・喜多條忠コンビの新曲「メランコリー」を梓みちよが歌う?

梓みちよのヒット曲「メランコリー」

作詞が「神田川」の喜多條忠
作曲は
フォークのスーパースター吉田拓郎
コンビが作った楽曲だなんて
青春のフォーク世代には考えられない話ですね。

歌い手は
「こんにちは赤ちゃん」の梓みちよですから。

私は
作詞・作曲が
こんなことになっているとは知らずに
お気に入りで
「メランコリー」を聞いていた。

ラジオで。

(テレビというものは
 学生時代は必要なし
 社会人になっても見る暇なし。

 当時はあまり興味はなかった。

 もっと見ておけばよかった。)

ラジオでというよりは
夜の街で聞いたと言ったほうがいいかもしれない。

「メランコリー」
この曲は夜の街で聞くのがぴったりする。

そのころ
先輩に連れられて結構飲みに行った。

そして
先輩のお気に入りのスナックでよく飲んだ。

そこのママ、ちょっと大原麗子似で
きれいな女性だった。

私より年上でお姉さんタイプ。

そのママが
カラオケでよく歌っていたのが
「メランコリー」だった。

歌が上手で

歌詞と歌っているママを
オーバーラップさせ
うっとりとして聞いているところを
よく先輩に冷やかされていた。

そして
あのママはその筋のこれだから気をつけろよ。

と小指を立てた。

そんな思い出があります。

大天才 吉田拓郎

「メランコリー」は
喜多條忠の詞に
拓郎がメロディーをうまく載せている。

大人の女のラブソングとでも言おうか
酒飲み女のラブソングとでも言おうか

梓みちよの
等身大を想像させるほど

歌のうまさでサラッと歌い上げている。

梓みちよが歌ったからヒットしたとも言える。

今、聞いてみると昭和のにおいがプンプン匂ってくる。

拓郎流、昭和歌謡ですね。

本当に
あの「人間なんて」を歌っていた
拓郎が作った曲なんだろうか。

と思わせるくらいだ。

吉田拓郎の曲の作り方は、詞を読んで
その時ひらめくメロディーを
即興で歌いテープに吹き込むという。

わたしが
2時間をかけて作った詞を見て
ギターを取り出し、カセットテープを置いて歌い出す。

一番が終わったら
サビの部分を5秒くらい見て歌い出す。

かかった時間はほんの7~8分くらい。

本当にこれいいのかい。

もう少し考えた方がいいんじゃないのかい

内心そう思った。

でも、あのまんまなわけ。

あの人は大天才だよ。


松本隆が
吉田拓郎と楽曲を作ったときの状況を
ラジオで言っていたのを聞いた。


拓郎は
「メランコリー」を作ったあとに
喜多條忠とのコンビで
キャンディーズに「やさしい悪魔」を提供した。

「やさしい悪魔」もヒットさせている。

ジャンルが多彩だ。

毛色が異なった歌が良く作れるもんです。

やはり
吉田拓郎は大天才なんだ。

まとめ

しばらくぶりに
「メランコリー」先輩と飲みに行った。

昔はよく
「メランコリー」スナックに
連れていってもらった話になって

大原麗子似のママさんはどうしているか聞いてみた。

そのママさん
地元の大きな会社の
社長さんに見初められて
今は幸せに暮らしているとのこと。

こころから祝福。



ところで
「あの筋の小指じゃなかったんじゃないのかい」
と聞いたら

「あぁ、あれは冗談」
だって。

くっそー。

何十年もだまされてた。

くやしーい!


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