フォークル 「イムジン河」 なぜ放送禁止に? フォークルは永遠に不滅です


こんにちは
健康オタクの あんこう です。

今回は、
昭和43年(1968)
に発売予定だった
ザ・フォーク・クルセダーズの
幻の2枚目のシングル「イムジン河」です。

なぜ発売中止になったのか。
なぜ放送禁止になったのか。

その真相を探っていきます。

「イムジン河」発売禁止の真相

フォークルが大ヒットさせた
「帰ってきたヨッパライ」の
次の曲として予定していたのが
「イムジン河」だった。

朝鮮戦争の休戦で
イムジン河を境に南北に分断され、
北の人たちが南の故郷に帰れないことを切々と歌った曲だ。

フォークルはアマチュア時代からよく歌っていたそうだ。

発売の前から深夜放送で
しょっちゅう流れていたもんです。

確かテレビでも一度歌っているのを見た記憶があります。

帰ってきたヨッパライでみせた
コミカルなスタイルから一転、
もの悲しくも覚えやすいメロディーで
いい曲だなあと思っていた。

楽譜を見つけて
うまくはなかったが
ギターでコードをポロンポロンとやっていた。

この曲で苦労したのがB♭が入っていること。

本当の初心者で
1フレット目を人差し指でセーハして
中指・薬指・小指で3フレット目の
4・3・2弦を押さえる
(B♭の押さえ方。文字で書くと読む気にならないですね。)

これが大変。

非常に苦労した。

音がビリついて音にならない。

何かいい方法がないか探したのがこれ。

楽譜では、
F Dm B♭ F だが
カポを5フレットにセットして
C Am F C

こうすると
Fをセーハしなければならないが
B♭程ではない
初心者向けのコード進行になった。

今では当たり前のことだが
当時は情報の少ない時代
探すのに一苦労だった。

こうして楽しんでいたのだが
どういう訳か「イムジン河」が
発売日直前に発売中止。

放送も禁止になった。

これにはびっくり。

その理由はと情報源の深夜放送にかじりつく。

しかし
朝鮮総連からの抗議があり
著作権の問題らしいというだけで
当のフォークルのメンバーにも
明快な回答がなされなかったようだ。

40年以上たった
きたやまおさむ著
「コブのない駱駝」で
北山修はこう述べている。

私たちは「イムジン河」を朝鮮民謡
だと思い込んでいました。

世界各国の民謡を、アレンジして
現代の民謡にして歌うというのは、
コンテンポラリー・フォークの思想であり、
フォーク・クルセダーズの
目指したものでもありました。

ところが、
この歌の作詞者(朴世永)は、
当時まだ北朝鮮に生きていて、

しかも北朝鮮の国歌「愛国歌」の
作詞者でもあるということが、

発売直前になって、
朝鮮総連からの抗議によって判明したというのです。

朝鮮総連は、原作者名と
「朝鮮民主主義人民共和国」という
正式国名を明記することを要求してきた。

朝鮮語の原詞を載せ、
もとの朝鮮語の歌詞で歌うことも
要求してきたという報道もなされたように思います。

(中略)

ところが
「次のヒット曲を」と急ぐあまり、
私たちの思い込みを、
彼らもそのまま信じ込んでしまったのかもしれません。

早々の発売中止の決定は、
朝鮮総連の抗議だけが原因ではなく、
東芝社内でのいろいろな思惑もあったようです。

もし、
北朝鮮に原作がある歌が日本でヒット
したら、東芝の家電製品に対して、
韓国で不買運動が起きるかもしれない、

そうなったら大変だ。

(中略)

結局、組織の論理の犠牲になったのではないか。

私たちの大切にしていた歌のために、
会社は闘ってくれなかった。

歌を守ってくれなかった。

このことは、大きな壁の存在を
私たちに知らしめることとなりました。

(きたやまおさむ著「コブのない駱駝」より引用)

メジャーデビュー2作目での大きな挫折。

「イムジン河」は封印されました。

それでも
フォークルは約束の一年限りの
メジャー活動を終わらせて解散した。

その後2002年に
日本語詞の作者、松山猛たち
関係者の働きかけによりCD化されました。

社会人になってラジオから
「イムジン河」が流れてきたのにはびっくりしました。

封印が解かれた。

2002年といえば
小泉首相が北朝鮮に
日本の首相として初めて
北朝鮮を訪問して
拉致被害者5人を帰国させた年ですね。

この出来事がきっかけになったのかもしれませんね。

そして
映画パッチギの劇中歌にも使われ
今日も歌い継がれています。

フォークルは永遠に不滅です

解散後も
北山修は作詞、加藤和彦は作曲活動と
私の夢をふくらませてくれた。

それから20年ほど経っていた。

何気なく
子供の音楽の教科書をめくっていたら

「あの素晴しい愛をもう一度」

の楽譜曲が目に飛び込んできた。

ちょっと目を疑ったが(失礼だね)
まちがいなく
北山修・加藤和彦コンビのあの名曲
「あの素晴しい愛をもう一度」
だった。

いいものはいい。

何十年たっても愛されるものは愛されますね。

子供が歌っているのを聞いて
懐かしさがこみ上げてきたのを覚えている。

フォークル狂の私には
「フォークルは永遠に不滅です」

と言いたい。

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