
1975年、ポリドールから
シグナルのデビューシングル
「20歳のめぐり逢い」が発売された。
作詞・作曲 田村イサ夫
こんにちは
健康オタクの あんこう です。
今回は、
シグナルのデビューシングル
「20歳のめぐり逢い」です。
(昭和50年(1975)発売)
「二十歳のめぐり逢い」と
どんなめぐり逢いをしたか最後までお時間を下さい。
シグナル「20歳のめぐり逢い」とのめぐり逢い
私が初めてシグナルの
「二十歳のめぐり逢い」を聞いたのは4年生のとき。
ところはパチンコ屋さん。
変なところで聞けるな。
そんな所で聞けるか。
なんて思われる方もいるかもしれない。
しかし
当時は、ニューフォークソングブーム
チューリップ、荒井由実、アリス
といった
ニューミュージック世代が台頭してきた時代だった。
パチンコ屋さんのBGMは
有線放送を使っていたから、
ニューフォーク、
ニューミュージック系の曲はバンバンかかっていた。
楽曲をヒットさせるには
テレビ、ラジオ、有線放送に売り込むのが常とうの手段だった。
おまけに
「20歳のめぐり逢い」の売り込みは
ラジオと有線放送に絞っていたという。
そのころのパチンコ屋さんの玉音は
今ほどではなく
BGMはきれいに聞こえていた。
♪
手首の傷は消えないけれど
心の痛みは
僕がいやしてあげる優しさで
君のためなら
♪
(抜粋)作詞・作曲 田村イサ夫
ゆっくり
たたみかけるように
その声はきれいな高音で
男の純愛を歌い上げる。
♪手首の傷は・・♪
のフレーズが耳に残った。
後日、歌の好きな同年代の男性も
「♪手首の傷は消えないけれど♪
からの歌詞がいいよね。」
と言ったので
「うん。そうだよな」
と答えたが
手首の傷は手術で消せるけど
心の痛みは僕がいやしてあげる
もありかな
と一瞬考えてしまった。
ことを記憶している。
いちゃもんを付けているわけでは
なくて
ふっと思っただけで
名曲に間違いはない。
今聞いていても青春をしていた時を思い出す。
青春とのめぐり逢い
子供ができてからえりも方面へ行くことがあった。
その途中の新冠町にレコード館があることを見つけた。
せっかくだからレコード館に立ち寄ることにした。
そのころは
YouTubeなんてなかったから
昔の音楽はレコードを探して聞くしかなかった。
いろいろ聞きたい曲があったが
シグナルの「20歳のめぐり逢い」
を探してみた。
「おー」
あったんです。
けっこう興奮気味で視聴をたのんだ。
レコードが来るまで
そんなにかからなかったが
来るまでドキドキもの。
レコードに針をおとして
イントロが始まり
♪かぜにーふるえる♪
と始まったとたん
青春時代が見えてきました。
青春が戻ってきました。
何度も聞いて
青春まっただ中でレコードを返した。
そのあとも
『ふわーん』
とした気持ちが続いていた・・
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