武田鉄矢の海援隊「母に捧げるバラード」がヒットした若い頃は?

武田鉄矢が率いる海援隊の「母に捧げるバラード」

1973年、
エレックレコードから
海援隊
「母に捧げるバラード」
が発売された。

作詞:武田鉄矢
作曲:海援隊


こんにちは
健康オタクの あんこう です。

今回は、
武田鉄矢が率いる
海援隊
「母に捧げるバラード」
です。

昭和48年(1973)

海援隊「母に捧げるバラード」が
ヒットした
武田鉄矢の若い頃はどんな状況だったでしょうか。

武田鉄矢の海援隊「母に捧げるバラード」がヒットした若い頃は?

揚々として
海援隊のメンバーが上京して
1年になった。

だが
デビューLPレコード
「海援隊がゆく」は全く売れなかった。

「母に捧げるバラード」が
ヒットするまで売れない時期が続いていた。

事務所の担当プロデューサーから
「会社も減量経営になり、
 これ以上売れないと
 博多に帰ってもらうことになる」

と言われた。

武田鉄矢たち海援隊のメンバーは
自信喪失のどん底に打ちのめされていた。

そんな時、同じ博多出身のバンド
チューリップが「心の旅」
をヒットさせた。

この情報を聞いて
武田鉄矢は気を取り直した。

「くそっ!俺だって!」
と思ったんだろう。

奮起した。

そして新曲を作り上げた。

その曲が
「母に捧げるバラード」だった。

今までは
ライブの時、地元に居たときと同様に
博多弁でしゃべっていた。

それが東京の観客に受けなかった。

その経験を生かして
「母に捧げるバラード」では

武田鉄矢自身の想いとなる
一番の歌詞(台詞)を

標準語で語った。

二番以降のセリフは
母親の語りになるので
博多弁で勝負したのだ。

この対比が奏功して売れた。

ヒットした。


(台詞)
『お母さん、今ぼくは思っています。
ぼくに故郷なんかなくなってしまったんじゃないかと。
そして、残っている故郷があるとすれば、
それはお母さん、あなた自身です。
お母さんは何から何まで故郷そのものです。
今、こうして眼をとじていると、
あなたのあの声が、あの姿が浮かんでくるんです。』

(歌)
今も聞こえる あのおふくろの声
ぼくに人生を教えてくれた やさしいおふくろ

(台詞)
『コラ! テツヤ、何ばあんたしようとかいな、あんた。
はようあんた、大学へ行ってこんね、あんた。
大学へいってあんた、学問ばしてこんね、あんた。
毎日あんた、テレーとしてから。
近所の人からあんた、いつも、何て言われおっか、わかっとっとね。
武田のバカ息子、バカ息子って、あんた噂されおっとよ。
どうしてまたこげん頭の悪か子のできたとかいな、ほんなことおまえは。
あーも、父ちゃんがあんた、あの日酒ば飲んで帰ってこんかったら
お前のごたあバカ息子はできとらんかったとに。』

作詞:武田鉄矢
作曲:海援隊

この時期
九州から、フォークのシンガー達は
続々と東京へ出て行った。

井上陽水、かぐや姫、りりぃ、
チューリップ・・など。

通常、上京すると
都会の色に染まってしまう。

だが武田鉄矢は
頑ななまでに博多の匂いを残している。

そして
染まるまいという想いも込めている。

それにしてもこの歌は
メロディの部分が異常に少ない。

あるのは
一番の歌詞の最後と
歌の最後の部分だけ。

ほとんどがセリフだ。

セリフの部分は
海援隊の2人がバック演奏を務める。


コラ! テツヤ!

のセリフが
小学生の間でも流行った。

フォークの時代の
『台詞ソング』と言ってもいいだろう。

「母に捧げるバラード」がヒットして
武田鉄矢は多忙になったんだろう。

何曜日だったか忘れたが
昼帯のバラエティ番組に
準レギュラーとして出ていた。

昼休みの時間テレビを見ていると
武田鉄矢が出演しているではないか。

この頃はまだスマートな身体だった。

面長の顔に長髪。

時折り
手で掻き揚げていたのを覚えている。

今、武田鉄矢は肉付きが良くて
背は低く見えるが

当時は
細かったせいか
それほど低くは感じなかった。

デビュー前から
シャベリは上手な方だったようだが

この番組でも上手なシャベリで
観客を笑わせていた。

だが
この後、不遇の時代が続いた。

映画「幸福の黄色いハンカチ」
のヒット、

「3年B組金八先生」と
その主題歌「贈る言葉」の
ヒットまで短くも長いトンネルが続くのだった。

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